PRIDE UNLIMIETD in UNDER


はじめはプツプツとした水疱。「ん、あるな」程度にしか思わず、ちょっと指先でつついた。するとどうにも気になる。爪の先で滑らす。赤くなってきて、ピキピキジクジクと熱を持った信号が突き刺す。たまらずつねる。つねるのは、掻きむしったらヤバイだろうなという直感なのだけど、この水疱どもを全部潰したら、まるで何ともなかったような、元の皮膚に戻るんじゃないかという幻想に捕らわれて、次の瞬間オレはひたすら掻きむしる、痒みの奴隷になる。血とリンパ液と剥がれ落ちたオレの元皮膚。掻き毟らずにはいられない。

皮膚ってのはただの一枚の皮じゃない。体の内側から全部つながってるんだ。水平ではなく、垂直の小さなものが奥の奥からびっしりと集まってるんだ。脳だって内臓だってその状態は、数週間後の表の面にあらわれる。土台の崩れが、表面にまでやってきたなら、建てなおせると思うなよ。皮膚が崩れる時、身体の中は大火事だ。叩いて叩いて、やっと消すんだ。対処療法。足が痛いなら歯を抜いて、その痛みを忘れるんだな。

限界があるから、恐怖を感じる。限界を自覚するから、その遙か手前で怖じ気付く。疲れたら眠る。腹が減ったら食べる。ゆっくり休む。オレは捨てた。そんなもの捨てた。その先に進むためには、休んで元に戻ってるヒマなんかねーんだ。

下手にプライドがあるから侵される。
「在る」からいけない。「無い」が存在してしまう。俺のためにオレは、捨てられた自分を紙にくるんでどっかにやった。捨ててしまえば、捨てられるおそれもないもんね。あんな下らない奴らのために、いつまでも捕らわれてたまるかってんだ。一番大切だったものをなくして地面を失ってしまってから、いろんなものを奪われて、そのことを無視して逃げて、逃げて泣いて---もうそんなことも忘れて、わしわし進んで、気がついたら血みどろだった。

限界がないっていいぜ。幾らでも動けるから、時間の流れは明るいか暗いかだけだし、食費もかからない。減るほどの知り合いもいねえし、舌下に挟むこの錠剤だけがオトモダチ。テンションは常にハイ。襲いかかるおぞましい不安とのスピードボール。

そして俺は倒れた。


病院。雨が降っていて、止みそうになくて、晒されていて冷たい俺。皮膚は、とうに燃え尽きた後。肌のキメは全て失せ、テカテカして奇妙なでこぼこが所々にあり、黄色と紫、赤みのある斑点。毛穴も残ってないんじゃないのか。他人が見たらきっと醜いだろう。もし昔のオレの写真があったとしたら、今のオレがそいつと同じ人物だとわかるヤツはいないと断言できる。

感覚・・・・麻痺麻痺麻痺マヒ。地べた這いずって時間を潰して、やっと眠ってもまた目が覚めて、起きていなきゃならないことが苦痛。1秒づつやってくる時間に早送りも巻き戻しもなくて、オレはただひたすら医者の問診を待っていた。それだけがオレの時間の区切り。俺の担当はチョコラータという医師で、口元にこそ引き伸ばした笑みを浮かべてこそいれ、その眼光は爬虫類だった。前は別の医師が担当だったが、医療ミスを起こしたとかで更迭になった。ざまあみろ。あいつは人の話を聞きやしねえ。まるで話を聞く絵に話しかけてる気分だったぜ。

それにしてもこの病院に来てからやたらと眠い。夜中に目を覚ますと、傍らに誰か佇んでいることがあり、そいつは片手にドッシリと重たそうな何かを携えていて、オレが意識を取り戻したのに気付くと、黙って部屋を出ていった。ある夜、全病室のエアコンが壊れるということがあり、あまりの暑さに窓を開けた事があった。カーテンが引き攣れたままになり、かすかな街灯が部屋の中に光を導いていた。オレは気に留めはしたものの、直す気力もなくそのまま眠りの底に落ちていった。

まただ。扉が開き、そいつが入ってきた。音を立てないように気を使ってる素振りもないのに、足音ひとつしやしねえ。スタスタと音がしそうな歩き方だ。オレは顔の下半分を布団に埋め、目だけで動きを追った。チラと何かが光った。光ったように見えた。反射する球体。紫と緑がたゆたう昏いレンズ。カメラか。オレは跳ね起きるとそいつの手首を捻り捕らえた。捕らえたつもりだった。しかしなんて事だろう。オレの身体はまるで他人の身体のようで、身動きひとつできやしないのだ。俺をのぞきこんでほくそ笑んでいるのはなんとチョコラータだった。チョコラータがオレの寝台の脇で止まる。

カメラってのは嫌な物だ。人と人はカメラが勝手に入り込むことで、覗く者と覗かれる者に変化する。カメラはじっとりと勃起して、被写体はねじ伏せられる。強要される上下関係。

「お前の今までの記録だ。見てみないか?」
見るより他ない。動けやしないんだから。チョコラータがビデオカメラのボタンをパッと操作して、バックライトの眩しいモニターを俺の前に差し出した。モニターの中のオレは包帯で全身を巻かれたままひたすら眠っている。30秒。変化なし。さらに47秒。動きはない。

「退屈か?しかし病人というのは毎日変化していく。このようにね」
前触れ無くモニターに映し出されたのは断末魔の顔、顔、顔。恐怖を感じないわけがない。
「患者というのは、実に身勝手だ。自分の都合だけを吐き散らかして、治してくれとせがんでくる。治す?オレが?」
目も口も目一杯に拡げ、空気を震わせて笑うチョコラータ。ひとしきり笑うと気が済んだのか、身をかがめてセッコに向き直った。
「セッコ。お前も興味あるのか?あるよな。お前なら」
チョコラータは寝台の脇に半分腰を下ろして左足を伸ばした。

「善人ぶって、さも自分だけはモラリストですなんて顔をしてる奴ら。他人を見下して自分の確認をしているくせに、その自覚がない。厄介なのだよ。彼らは更正する価値もないが、死ぬことはできる。死は全てに平等だ。死んでしまえばもう生きる必要はないからな。それならばそこに至るまで、ほんのちょっぴり私の好奇心を満たしてくれればいい。私はゲスさ。だがあいつ等と違う点は、私は自分のゲスさ加減を十分承知しているってことなのだ」

「これがお前の身体だ。実にいい。もう痒みさえ感じられない無いだろう。お前の今の身体は私が作り上げたのだ。オレは手助けしただけだ。ただし逆方向へのな。」
「あうっ、おおう・・・あああ!」
言葉にならずに、唾液がダラダラと垂れ顎から首へつたう。
「どうでもいいんだろう、なぁ、セッコ。その躯、俺に使わせてくれないか」


身体には未練はなかった。オレは材料になった。この男はオレを堂々と見下してくれる。下にいるオレを認めてくれる。オレは這い上がるのはもう御免なんだ。地面よりもっと下。もっともっとずっと下で、もうこれ以上見下されることはないと安心していたい。きっとミミズやムカデと戯れるオレを女かなんかが見たら、叫ぶ事もできずに、へたり込み失禁するかもしれないな。オレにとって泥の海は限りなく心地よい。そこにそのままいていいと、どこまでも包み込んでくれる無形の砂。ここは自由なのだ。誰も許さなくても、オレはオレ自身を許す。オレはこんなオレが嫌いじゃあない。そしてあの医者もそれを許してくれるのさ。オレは圧倒的な他者を欲していた。そいつの言うことさえ聞いていれば、恐怖などオレの中に忍び寄る隙もない。無機質な木偶。

そんなオレをチョコラータは受け入れてくれる。
そういや医師がチョコラータに変わってからやたらと眠くなったな。その間にオレの体にとんでもないモノを塗り込んでくれてたって訳だ。

オレは物心付いた頃からビデオデッキには触わらなくて、他人がつくった「オハナシ」なんかに興味はなかった。今までどう生きてきたか。そんなもの把握してるのは自分だけでいい。今日も消える影、鮮やかなリアルの断面を記録し、録画し続ける。



きっといいところなのだ。いくぞ。ぼくは、かならず、いくぞ。そして、あまい、おいしい、キャラメルを、おなかいっぱい、たべるのだ。あまい、おいしい、キャラメルを、おなかいっぱい、たべるのだ。



そしてオレは泥の海で嗤う。




(04/01/01/AM04:44)


自分より下の者がいると確認する事でしか、自分の存在を確かめられない。
プライドを他人に侵されるくらいなら、全部ブッ壊してやる。
プライドをなくすことで自分を守る。
グチャグチャにしてやる!

ひび割れたまま形を保つ内面。

SPECIAL THANX 2 tenko