いえねこ


ver.3.00





僕はライター。クシャクシャに丸まったゴミが詰まってる。ナランチャ、君のことを考えると、夜も眠れない。ハルシオンとロヒプノールでよく眠る僕。レボトミンは要らない。太陽は立っているだけで僕の思考能力を奪う。アスファルトは揺らめき、汗は僕の皮膚の上で乾いてゆく。赤く腫れる。体ごと思考を止めてくれ。半端な時間を僕によこすな。

あーまるでわかっちゃいない。君は僕のことを分かっていない。僕は君のことがわからない。僕も僕のことが分からない。



ナランチャはもう僕とは一緒に遊ばないって

ナランチャはもう僕にはキスはしないって

勿論抱きしめもしないんだってさ

なら、僕は僕をどうでもいい。





疲れてるときほど、うんざりして、くたばってるときほど、僕は笑ってしまう。
「今日調子いいね」なんていわれんのはそんな時。っていうか今日。



にやりと笑って服の隙間から彼は手を這わせて、僕の肌に直接触った。ピンと張った肌はしょっぱくて、僕は泣いたのかも知れない。
大学の廊下の奥のあの部屋で僕は裂かれた。イヤだの一言を僕は口に出せず、僕の体はパソコンのモニターに照らされた。汚された。僕は初めて自分の皮膚を刺した。



フーゴォ・・・フーゴオォ

何?誰?僕を呼ぶ。

フーゴ、起きてるんだろ?

-起きてないよ?

仲良くなろうぜ

何?何?仲良くなるってどういうこと?



僕の心に耳を澄ませば聞こえてくるのは圧し凝ごまった息づかい。紫の雨の中で僕は君に抱きしめられたかった。暴れ出しそうだから、僕は見ない。僕は拒まない。今度は好きだから。



でもなんで。なんでなんで君もこんな事するの? 





真ん中を熱く貫かれて、ぬるぬると滑らされて、もう我慢できないと声を上げれば刺激は僕を放り出す。宙に浮く昇ぶり。イキたくてイケナイのに、ナランチャは腰を押しあてて僕を抱すくめ、自分だけ気持ちよくなって離れていく。いつ目が覚めても夜で、窓は開けっ放しで、冷蔵庫も僕のポケットもカラッポになって、それでもお腹は減るから、皆のいるレストランにナランチャを連れていった。それでもう会わない、他人同士の筈だった。甘かった一週間はおしまい。

自分でさえ守れない秘密を、他人に押しつけるのは酷いから、僕はミスタにもアバッキオにも何も言わなかった。なんだかんだで一月弱、いつものように支度して、集合場所に向かえば、もう見る事はないと思っていた艶のある癖毛が皆に囲まれてはしゃいでいた。僕に気が付くとほんの一瞬大きな目はさらに見開かれたが、すぐに反らされた。黒い皮で包まれたしなやかな体。自分で削ってしまうから、僕の切っていた短い爪。言葉のタイミングを逃した僕はミスタの側へ寄る。ミスタは僕を抱きしめてくれる。ブチャラティがせっつくとナランチャは僕の方へやってきた。

無愛想に頭を掻きながらハジメマシテと右手が差し出された。僕は背筋を伸ばして応える。

-----ハジメマシテ

他人のフリ。本当に初めて会った時はそんな挨拶なかった。
そういう事ね。
その服もブチャラティの趣味なんだろ。





--1st

ねぇ、ナランチャ、僕の傷はふさがりそうだ。決してもう塞がりやしないと思っていたのに、体は治ろうとしているんだ。決して取ったことのない初めの貫きだったんだけど。ねぇ、僕は外してみせるよ。これからはもう自分で選んだ好きなピアスができるね。
イチゴにすれば?名前もイチゴっぽいんだし。
そうかなそうかな。

ぼくは彼と一緒の時に一人でこっそり黒いイチゴのピアスを買った。



-----俺はたまたまそこにいただけなんだから。誰かの替わりが欲しかっただけだろう?
-----何にも言わないで。訊くほど馬鹿じゃないだろ?

空想の彼の体液が僕の腿をつたう。熱かったのだろうけど、もう熱くもなく冷たくもなく、僕の内腿を湿らせていく。一度くっついたものがまた距離を置いてしまうと、僕は決して近付けない。犬のように擦り寄っていけない。誰でも良かったわけなんかじゃない。僕の手の中のペニス。睡眠。射精をすれば僕は容易く眠りにつける。眠りの奴隷。デフラグ。



フーゴはいつも張り詰めていて、ほんの軽く肩に触れただけで大きく振り返る。俺がどんな敵だってんだ。そのくせなかなか目を合わせようとしない。なんだか妙にはしゃいで俺の部屋に来たときがあった。壁を背に、微笑むフーゴ。沈黙に引き寄せられたほんの軽い抱擁は、何の他意もなく、フーゴのぬくもりが腕に伝わってきた。普段なかなか真っ正面から見ることの出来ないアイツの瞳が小刻みに動き、軽く仰け反って俺を見つめる。どうにかなりそうだった。「帰んな」と引き離すのがやっとだった。



彼は今日もブチャラティの腕の中で笑う。毎日狙ってる。アイツはどうすれば一番魅力的にブチャラティの腕の中に飛び込めるか、本能で知ってる。
ナランチャは、いつもブチャラティの隣に座る。身振り手振り付きのくしゃっとした笑い。ああ、確かにまぶしかったね。いいなと思った時もあったね。勿論今もそうなんだけど。僕は君とだったら、いくらでも話ができると思ったな。僕が持ち得ないものを、彼はあまりにも豊かに持っていたもの。きっと僕も、彼から見たら・・・と思った。僕は君に会って、今までの誰より好きだと思った。世界が色付いた。口に出す言葉の虚しさ。あんまりの罪のなさに笑っちゃう。



未練がましい僕は彼の隣には座れないけど、ひとつ間を置いて隣に座っていた。彼は僕よりもずっと前からここにいるみたいだった。



アハハハハ!
ナランチャの声が弾ける。
「ひょっとして〜・・・」
僕に向けられた声かもしれないと僅かに祈る。
「ずっと〜・・・」
僕は我慢をする方だと思う。
「溜め込んじゃってたワケぇー?!」

----白



自分の中で何かが切れる。
感情がコントロールできないのは見苦しい。

「ちっ・・・げーよ!!」
僕は声を荒げる。
「ブチャラティと話してるんだけど?」
ああ、また僕の勘違い。自意識過剰なパンナコッタ・フーゴ。
ダメだ、僕は、自分に、負ける。制御が効かない。頭がカラになる。今まで堰き止めていた感情が一気に溢れて、僕は机を蹴り上げた。調度も食事も床にたたきつけられ、そんなコトしてもどうにもならないのに、と僕の中の僕は見てた。

よくもまぁ今までそんだけ無視しといて、人前で俺を晒せるな。ああ、ああ、ずっと溜め込んできてたよ。悪かったな。ブチャラティと仲良く話してるところに割って入っちまってよーーーー。もう何もかも知ったこっちゃないってワケだな、好きでも何でもねーんだろ、タダ遊びたかったのかよ、ブチャラティは自分から好きになりましたかそーですか。ゴメンネ俺の方から気に入っちゃって。そんなことならあんなトコに連れて行くんじゃなかった。僕だけの部屋に閉じ込めておけばよかった。そんなに俺は手頃だったかよ、そんなにいかにもお前のこと気に入ってそうだったかよ、腹が減ってただけかよ、ハンサムなプレイボーイ。そりゃ俺は気に入ってたさ、そうでもなきゃお前みたいなヤツのベンキョーなんざかったるくて見てられるもんか。先延ばし先延ばしにする手口に気付かないでクソ真面目に言うこと聞いて僕の方を見てくれるのを待っていたさ。ああわかったよ、お前なんかもうどうでもいいよ。キスしただけで、勝手に好きになって悪かったな、いつまでもいつまでもいつまでもお前のこと引きずっていて、察しが悪くて鈍かったなこの、僕は!なら、もう・・・

泣きながら怒りながら相手を攻めるのは卑怯かもしれない。別に自分の考えを通したかったのではなかった。ナランチャだって、無視してたわけではないのかもしれない。ちょっと喉の調子が悪かったから、僕の声がナランチャの耳には届かなかったのかもしれない。彼の意見と僕の意見。そのどちらかを潰すのではなく、歩み寄れるラインの上でお互いを尊重し合いたいといつも思っていた。こんな風に「とりあえず分かったから落ち着け」とハレモノ扱いされるのは最悪に近い結果だった。ブチャラティ達には申し訳ないことをした。傷付けておいて自分の胸が刺すように痛い。甘ったれた考えだけど、ナランチャの反応で全てが分かった。もう彼の心が僕によって動くことはない。決定的な終止符。これが最悪だ。僕は、この期に及んでほのかな期待を彼に抱いていた僕自身を恥ずべきだろう。何もなければ他の人のように彼と笑いあえたかもしれないのに。
もういい。もうウチに帰ろう。思い出も街も崩れて溶けてゆく。



ナランチャはもう僕とは一緒に遊ばないって
ナランチャはもう僕にはキスはしないって
ナランチャはもう僕を抱きしめないんだってさ


地下鉄は地下にあります。
行きたかったら階段を下りればいい。


ナランチャ以外なら、もう、誰でもいい。

ナランチャでないなら、誰でも同じだ。

ナランチャがダメなら、僕はもうどうでもいい。





街のネオンが眩しい。夜でもサングラスをかけた僕は、通りすがりの男に腕を掴まれるがまま。挨拶替わりにキス。時に拳。気持ちの悪い勘違い。指が綺麗だと言われるだの、憧れは流浪の民だなど。ヌクヌク育っている坊ちゃんだけが言える台詞。それでいてイッパシの男だと思ってやがる。特急グリーン車の往復券をポケットに突っ込んでるくせに。育ってきた環境はまるで違うけど趣味が共通するねだって?それが不思議だって?ハハ、このド低脳が。日本の漫画が好きで、ネットをする16歳のどこが珍しいんだ。ヴォゲ。それで口説いてるつもりなら、扉が閉まった瞬間、俺がブチ込んでやる。



それでも僕は押し倒されて、相手の自己満足に付き合っていた。体に沿うシーツがひんやりとする。外はまた雨が降っていた。ベランダから吊り下がった植物の葉が濡れる。空は明るいのに雨のやむ気配はない。そんなに僕が素晴らしいか。そんなに俺のもたらす射精はイカすのか。だから何だ。馬鹿にするな。大人なら風俗に行く金くらいあるだろう。鏡がわりに使わないでくれ・・・用事があるからと言い捨て、交番近くのゲーセンに入って便所を探し、喉に指を突っ込んで吐いた。食べた物が見事に逆の順番に出てきて内心感心する。5時間以上も前の食事なのにそのままかよ。垂れた粘液が便器に触れそうになり、俺は唾を吐きつける。トイレットペーパーで指を拭い、苦酸っぱさに荒れる粘膜を指でなだめた。額から汗が吹き出る。もごもごと指をあやつれば、指の味なんて何て事はない。喉を刺す酸の味。喉の奥から沸き起こる痙攣が、待ってましたとばかりに胃を中心に体を裏返す。つりそう。赤茶色いもさもさした物が水の中に落ちていった。ハンカチで荒く指をふき取り、髪を大雑把に後ろに撫でつける。目の端が赤いのなんか誰も気付きやしないだろう。誰の気配もなかったから、僕はそっと洗面所に向かう。ちょっと躊躇ってから石鹸液で腕を洗い、うがいをした。それは戒め罰として、耳朶に針をあてがった。---2nd。だから思い切り痛くなって欲しかったのに、全然痛くないなんて許せない。


さぁ、溺れよう溺れよう
消して拒むことのない、去る者追わずの楽園へ。
カラになってもう何にもないのに、あんたの指が僕を酔わす。
ねぇ、ギリギリになって僕は舌下で溶かすけど、どうしてまだ限界じゃないって思い知らせてくれるかな。パンを踏みつけたインゲは、いつ空へ飛び立てるだろう。



暑くなることの無かった今年の夏だけど、ほんの3週間だけ僕はアスファルトに焼かれた。安易な眠りを求めて僕は相手に困ることはなかった。テキトウに飼い慣らされる事になる、あの男と初めて会ったのは、冷たい風の吹く日だった。バイクは向こうに停めたからと去って行くけど、ここは待ち合わせた場所だ。君がバイクを停めるのを僕は見た。似合わないオフロード車。それとも僕の知らないうちに僕には見えない場所にでも移動したのか?バイクならクレーン車も使わずにどっか行くこともあるだろう。まさかね。そして幽かな夏は消えた。

踏みつけられたポーズで僕はいつも誰かを踏みつける。とても正気じゃいられない。待ち合わせに、ジムビームスをほぼ一瓶空けて向かったのは悪かったかな。ほらまた僕は謝る。何が悪いのかわからない。会いたくなかったんだろ、やりたくなかったんだろ、まして家になんか行きたくなかっただろう。だから泥酔。そして怒ったキミは愛撫もなし。謝る気だって起こらないのなら、会わなきゃいい。知らん顔してすっぽかして、携帯電話も電源を切ればいい。体が淋しくなればまたアエばいい。君みたいに。ねぇ、ナランチャ・・・



君のこと好きだといいながら他の男に抱かれる僕はまずいだろうか。
君のこと行きずりじゃなかったなんて言いながら、どうでもいい男でイッてしまう僕はまずいだろうか。
でも君はブチャラティをひたすら追うから、僕も同じようにする。
それは僕がそうしたいから。
誰かのせいじゃない。
理由なんか無い。理由をこじつけるからつまらなくなる。
淋しいと思ったら大間違いだ。
君が僕のコトもうどうでもいいってコト知ってる。
ただの外傷なら糸やホチキスで何とかなるけど、処置不能なんだ。
違和感は残るけど、舐め合う傷なんか無い。俺は犬じゃねえ。
SEX TREATMENT


フーゴはパンを食べていた。ベッドに寄りかかり、床に座り込み、紙袋も床に投げ捨てたまま。両の手にあるのはパンだけだ。味なぞしなければいいと思うのに、やけにうまいのがやたらと不似合いだった。だから何も考えずにパンを噛む。喉の奥に消えていく。しばらくそのまま顎を動かしていた。何故?相変わらずパンはうまい。パンはパンのままそこにある。思考(もしそんなものがあったとしたら)の前に壁が現れた。壁が僕を拒絶してくる。手足が重い。まるで他人だ。他人が僕の手足を捕らえ、口の動きを止めさせた。

------何故食べている?無駄だろう?

パンすら床に落ちこじあけられた喉の奥がひゅると音を立てた。

窓。連続する叫び声が彼の肉体を崩す。
口の中のパンも放り出され、頬が濡れた。コップに入れて計ってみたら温かいのだろう。

何故かはわからない。僕は泣いている。
喉は痛いけど、止めることはできない。
何故僕は泣いているんだろう。泣く理由なんか無いのに。
パンはうまかった。うまいと感じた。事実うまかった。
それとこれが一体どう関係があるっていうんだ?

僕はもうこんなことは止めにしたい。
僕は時間を休みたい。
眠ってもまた目が醒めるよ。
死んでない。ただ生きているだけ。

----消えてしまえ。
自殺他殺虐殺。
こんなやり方しか僕は知らない。
生命を生み出したり、空を羽ばたくことはできない。





「よう」
軽く肩を叩かれて僕はハッとする。振り返ればサラサラとした銀の髪が光を透かす。顔は見えないけれど、雰囲気はとても穏やかで僕は笑った。
「アバッキオ・・・」



最近お前等あんまし一緒にいねえな。
お前等って?
お前とナランチャ
ああ、別に変わりはありませんよ。アイツが来なくなっただけです
受け身だな
放置と言ってください
残酷なつもり?
それだけが取り柄ですから
へぇ・・・
大丈夫ですか?なんか食いますか?
メシはさっき食った。そういうお前は大丈夫なのかよ
別に僕は大丈夫です、キレてしまったのは悪かったと思っています
ふうん
・・・
キレんのは勝手だが後始末はちゃんとしな
・・・あ
後始末できるならああはならねえよな
・・・すまなかったです
まぁわかってるだろうけど
いや・・・
ナランチャが手伝ってたぜ。
ああ。ブチャラティですね。あの二人の間には入れませんよ、仲いいですよね。
嫉妬か? 
何言ってるんです
そう見えたから
違いますよ・・・
ふん
そりゃ僕だって・・・髪が黒い者同士、気も合うんでしょう
気、ねぇ

毎晩部屋に通ってるだろ、アイツ
・・・
通ってるぜ。隣の部屋だしな。
・・・
どこに何があるか俺は知ってる
ナランチャは・・・
まる聞こえだぜ
どういうつもりだ・・・
何が?
そういうんじゃないだろう・・・!

無理すんなよ

ちがう・・・

無理しすぎなんだよ
        
違う

アイツはブチャラティに夢中さ。ブチャラティもな

              知ってる。

あいつらみたいに俺等だって目も髪も同じ色だぜ
うん
合わないって事はないだろう
冗談!
ばーか
??
・・・



そっとフーゴのの喉を押さえる。
「来いよ」
フーゴの返事はなくて、俺が手を伸ばしかけると、アイツは自分からジャケットを脱いで胸をはだけた。




「ねぇ・・・」
「また帰るか?」
意地悪くアバッキオが笑えば、フーゴはまっすぐに目を見据えて首を振り、アバッキオの背を掴んだ。束ねられた本や袋詰めにされた洋服の隙間にそのままへたり込む。フーゴの喉元はやわらかくあたたかく脈を打っていやに白く、息を堪えて渇ききった口からかすかに歯がのぞいた。布越しのやわらかな感触に、ささくれた気持ちが不思議と落ち着いた。

戸惑いながらもオズオズと、服の上からお互いの体をまさぐる。アバッキオの動きに応えて、上着の胸元を押し広げ指を滑り込ませば、少し乾燥した皮膚がじっと熱を持っている。引っ掻きやすそうな肌。指に引っかかる背骨。洩れる息。先に直に触れたのはフーゴだった。



「う・・・」
フーゴはアバッキオの上に乗りかかって唇を濡らす。


ナランチャ以外なら、もう、誰でもいい。
ナランチャでないなら、誰でも同じだ。
ナランチャがダメなら、僕はもうどうでもいい。

「どうしようもねぇよな、お前」
「僕だけですか?」
「ナランチャのこと好きなんだろ」
「好きっていうか・・・見てられればいいと思ってました」
「強情だな」それ以上何も言わないように引き寄せる。
「もう諦める必要もなくなったんです」

----ねぇ、アバッキオ。君はどんな風に裏切ってくれる?どんな風に僕を傷付けてくれる?

いつも気が付いたときには手遅れだった。痛みがいつやってくるか怯えながら過ごすより、痛みの只中にいる方がずっと楽だった。頼むから半端に手加減なんかしないでくれ。勢いよりも使い捨ての刃で深さを!ブチブチと組織のちぎれる愛おしい感触。治りかけの傷など吐いて捨てろ。鮮烈な傷に口づけを。たった今までくっついていたのに空気に晒される肉。拭き取る布を探してあたりを見まわすも間に合わず、血液は容赦なく床にこぼれて絨毯を濡らし、決して思い入れのない訳ではない洋服に、昏い染みが付く。奇妙な模様。血はどんなものより汚い。

彼と僕は同じ匂いがする。ほのかな期待だけで僕は甘く痺れ、これからやってくる快感の予測を堪えきれず、自ら服を脱いで彼をねだった。肘と膝で作られる逆三角形。僕はもう既にアバッキオに欲情しきっていた。



ねじ込めばフーゴは肩をすくめて指を噛む。
フーゴの声はうわずり、喘ぎ声なのか泣き声なのかわからない。よくよく耳を傾ければ言葉なのだけど、それはもうアバッキオに言っているのか、フーゴが自分に言い聞かせているか分からない。
(やるだけなら簡単なんだから)
(いつだって苦しいのだから、今さら)
(今の方がまだ楽なんだ)
(諦めた後の方がずっとコワイ)
腰を上げて逃げようとするから、抱きしめる。

「あなたも誰でもいいから僕の所に来たのでしょう」

アバッキオがグイとフーゴの頭を押さえる。
「すれた真似すんなよな」
「真似じゃないもの」



ブチャラティのこと好きだと言うけど、あなたも僕と同じでしょう。真面目なフリして放り出されれば何もできない。自分から解放されるのは、何も考えないで動いているときだけ。何も持たないから、拠り所が必要なんだ。すがる自分を捨てたいんだろう?自発的に何も持たないのではなく、受け身の空手。本当はわだかまりだらけのくせに。やわらかい。(この場所はあまりにも落ち着く)

「もし俺がお前のこと好きだといったら?」
「まさか。あなただって僕から離れていくクセに」



フーゴは腰に手をまわして押さえ込み、自分の一番気持ちいい部分にあてがい、そのまま動きを止める。アバッキオは黙ってフーゴを見つめる。

アバッキオは変なことは口にしない。だから僕は安心して泳ぐ事ができる。息をするように求めあい、肌を合わす。
だけどいつかどこかで、僕はもう泳げない壁にぶつかる気がする。変な予感に捕らわれればその通りになってしまう。見てはならない。今僕を抱きしめてくれるアバッキオにしがみつけ。遠い岸が見える。

「アバッキオ・・・」

何も考えずにセックスしたい。
何も考えずに気持ちよくなりたい。
僕を使って気持ちよくなってもらうのが好きだ。
僕のことを考えるゆとりをなくし、ただ出すために動く相手を見るのが好きだ。
ヒクつく反射としての収縮運動の気持ちよさに動けなくなるのが好きだ。

背中をつかむ指が汗ですべる。我慢できる余地はどんどん削り取られていく。駄目な僕はイッちゃ駄目だから、さしこまれてよろこんでずっと充血しっぱなし。もう我慢しすぎて痛い。はやく・・・出したい出したい出したい。お願い許して。イッていいよフーゴって命令して。そしたら僕。アンタにかからないようにおさえるから全部出させて。

「いきなフーゴ」


頭の中にヴィジョンが浮かび、繰り返しのリズムが重なってゆく。ある一点に収まったとき、僕は誰の名を叫んだだろう。好きになっていいのかもしれないのに、僕はいつも愛を天秤にかけてしまう。

「アァーッ・・」

降り注ぐ快ちよさに逆らえず、枕に顔を突っ伏したまま動かないフーゴをアバッキオはつい手荒に扱ってしまう。一度きりなのかこれから何度も続くのか。アバッキオはフーゴの名を呟いて頭をそっと引き寄せた。フーゴはもう眠っている。

「まさか・・・か」

自棄になって、フーゴを追いつめすぎてしまったのかもしれないとアバッキオは目を落とす。
シャワーで汗を流し、そのままソファに横になり、フーゴの眠っている部屋で携帯音楽再生機をもてあそぶ。電池はとうに切れている。俺はこの部屋から出ていけない。どうせ外に出ても酸性の雨だ。目を瞑っても、やたらフーゴがちらつく。



フーゴは傷付きやすいから、誰も信じないようにしています。
フーゴが愛すると壊してしまうから、誰も愛さないようにしています。

信じないのは傷付くから。
愛さないのは壊れるから。
本当は誰より愛したがってるのに。
誰より欲しがっているのに。
馬鹿なフーゴ。
皆が愛してるのに、気付かない。
気付いてないのはフーゴ、君だけ。




「ようこそ」





CKB:夜のヴィブラート/涙のイタリアンツイストやたら聴きながら書いた。



薬に対する報告一切不要。
何をしてもいい理由にはならない。

○○にこんな事しやがって!という日本語による苦情なら受けます。
(04/05/28)